最近の気づき:到達可能関係と閉包
はじめに
2020年3月CAPE(京都大学大学院文学研究科応用哲学・倫理学教育研究センター)主催公開セミナー「論理学上級II:様相論理の完全性定理(および他の非古典論理への応用)」 に参加して以来ずっと「prime theory(プライム理論)と素イデアルは絶対関係ある!!」と思ってきたのですが, 最近 alg-d さんの代数的整数論の動画や, 龍孫江さんの環論道具箱の動画を見て「これだ!!」となったので考えてみました.
直観主義命題論理のカノニカルモデルとザリスキー位相
ザリスキー位相と類似の手続きによって, 直観主義命題論理に対応する位相空間を作ってみる. まず直観主義命題論理のカノニカルモデルを導入し, カノニカルモデルと対応する位相を定める. 最後にいくつかの基本的性質を確認する.
直観主義命題論理のカノニカルモデル
直観主義命題論理のカノニカルモデルを とおく. きちんと書くと, 無矛盾なプライム理論ひとつを可能世界ひとつとみなして, それらをすべて集めたものを可能世界の集合 とする. 可能世界の間の到達可能関係 は, 理論の間の包含関係によって定める. 付値 は,論理式と理論との間の帰属関係によって定める.
論理式の全体集合を と書くことにする. 理論とは,論理式の集合 であって,演繹的に閉じているもの,すなわち任意の論理式 に対して が成り立つようなものをいう.
理論 が無矛盾であるとは, が という形の論理式を一切含まないことをいう.
理論 がプライム理論であるとは, 任意の論理式 に対して が成り立つことをいう. 環論における素イデアルの慣習にしたがって, 以降はプライム理論を のようなドイツ文字で表す*1.
無矛盾な理論であって,なおかつプライム理論の条件をみたすものをすべて集めて, 可能世界の全体集合 とする. このとき可能世界は論理式の集合なので, 集合の包含関係によって可能世界の間の到達可能関係を定められる. すなわち, と定める. また,各可能世界 と論理式 に対して, と定める*2.
閉集合系の定義
論理式の集合 に対して, を包む可能世界の全体集合を とおく. すなわち, である. このとき, という形で書ける集合の全体がなす族 を考えると,これは位相空間の閉集合系の条件をみたす(ひとつひとつ確認すると示せる). このことにもとづいて の位相を定める.
可能世界 に対して, は, 一点集合 の閉包とみなせるが, これは から到達可能な世界の集合と一致する. すなわち, が成り立つ. つまり,到達可能関係の情報は,閉包をとるという操作に集約されている.
基本的性質
前節までで可能世界の全体集合に位相を定義し, さらに到達可能関係が位相の言葉に翻訳できることをみた. これだけだとまだ位相を考える利益が薄いのでもう少し考えてみる.
まず開基について. ここでは の位相を閉集合系によって定めたが, 通常の位相空間論の教科書のように開集合で考えることもできる. そのためには開基を考えればよい. いま, と書くことにする.このとき, という形の開集合の全体を考えると,これは の開基をなす(頑張ると示せる).
次に付値について. 文献 [1, p. 16] では,カノニカルモデルの性質がいくつか示されているが, の位相の言葉を使って これらの性質を言い換えることが可能である. すなわち,論理式 に対して,次のことが成り立つ(これは,補題4を認めるならば,そのステートメントを読み替えるだけであまり難しくなかった).
上の言い換えによって,付値の条件を集合の言葉で置き換えることが可能である.
雑感
調べてみたり ChatGPT に聞いてみたりしたところによると, どうもこの手の研究は多くの蓄積があるようです [2] [3]. 残念. しかし既出とはいえ,こういう自分の気づきを大切にしたいですね.
ザリスキー位相はまだ全然分からないのですが, 今回触ってみて面白いなと思ったのは,空間の点自体がわりあい豊かな構造を持っているということです. 伝統的な幾何学だと「点とは,部分をもたないものである」みたいな世界観で, 無味乾燥な点集合に位相のような付加的構造を入れて空間にしていくと思うのですが,何か背景の構造があってそこから空間を作るときには,点自体がイデアルや可能世界などのようなリッチな情報をもっていて,位相が自動的に定められるのが面白いです. 代数にも興味が出てきました.
一方で,プライム理論とザリスキー位相だけで様相論理等さまざまな論理体系の問題がすべて手際よく解決できるかというと,どうもそうでもなさそうです. 当初,様相論理の各体系をはじめとするさまざまな論理体系の間の関係を幾何的道具立てによって明らかにしたいという壮大な構想がありました. しかし,このやり方で到達可能関係と閉包とを関連付けられるのは, 到達可能関係が推移的な場合に限ります. 他の様相論理では違うやり方をしなければならないと思います. 考えてみると,プライム理論を考えるという発想そのものが,アンチ排中律というか,直観主義論理特有の考え方のような気がするので, 工夫なしにプライム理論を集めてザリスキー位相を入れるという単純なやり方だけでは他の論理体系ではうまくいかない,そう甘くないという雰囲気を感じ取りました. CAPEのセミナーでは, 個別の様相論理とか,関連性論理とか,論理体系ごとに工夫してカノニカルモデルを作っていた記憶がありますが, そういうことをしないといけないだろうなと思いました. 復習しよう.
想像力をたくましくしてみると, 空間の連結成分ごとにどういう性質が成り立つか考えるとか, カノニカルモデルがうまくハマらない体系で何が起こっているのかを幾何的に観察するとか, ゲーデル・マッキンゼー・タルスキ翻訳みたいな論理体系の間の関係を何らかの連続写像として捉えられないかとか, 色々ふかすことはできそうだけど, ひとまず勉強が先かな.
更新履歴
- 2025-05-01: 一旦公開
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